ヤギと一緒に道草しながら畑の道を歩き続ける

詩と小説

月とキリギリス

赤いからだに七つの黒い星のついたナナホシテントウが、黄緑色の葉っぱにとまってじっとしています。キリギリスは、落ち葉の上をさくさくと歩いていきます。途中で枝と間違えてナナフシのあしを踏んでしまい、じろりとにらまれますが、もうその頃には、奥さんと初めてできた赤ちゃんの待つ、わが家を思って、まっしぐらに駆け出すのです。

ところが、家の前まで駆けつけると、急にあしを止めて、ため息をもらします。それから、そっとドアを開きました。

「どうだったの」

「今日はだめだった」

「今日もでしょう。もう、食料庫は空っぽなのよ。どうしましょう。赤ちゃんが・・ほら、泣かないの」

「明日はアリさんに相談してみるよ」

キリギリスはうなだれて言いましたが、奥さんは泣いている赤ちゃんをあやしつけるのに精一杯で、聞いていませんでした。

 

キリギリスは、働きアリに相談しました。

「どうしたら君たちのように、毎日食べ物を見つけられるのかな」

「それは毎日食べ物を探しているからさ」

キリギリスは何日か食べ物を探したあと、もう一度働きアリを訪ねました。

「どうも見つからないみたいだ。一体どのくらい探せば、見つかるようになるんだろう」

「どのくらいって、毎日さ」

どうも言葉がかみ合わないな、とキリギリスは思いました。

「僕は昔の印象から、のんきに構えているように見えるかもしれないけれど、赤ちゃんは泣いてばかりで、奥さんはうろたえてばかりで、こう見えて意外と切迫しているんだ」

「なまけてばかりいたから、そうなるのさ。まあ、事情が事情だから、食べ物を分けてやってもいいけど、一人分だけだ。それ以上はやれないよ。僕らだって生活しているんだからね」

キリギリスは礼を言って、食べ物を家に持ち帰り、赤ちゃんに半分、奥さんに半分、食べさせました。

でも、キリギリスもお腹が減って、たまらないので、奥さんに半分の四分の一を、分けてもらいました。

それを味わって食べているうちに、キリギリスの目から、一粒の涙がこぼれました。

奥さんや赤ちゃんに見えないようにぬぐって、こういうのをみじめというのだな、と思いました。

 

次の日もまた、キリギリスは働きアリに、食べ物を分けてもらいました。

キリギリスは働きたくても、働き方がわからないのでした。

キリギリスは奥さんに分けてもらった、食べ物をぺろりと平らげて、空腹をまぎらわせるために、ギターを弾きました。

その音色はついこの間まで、奥さんをうっとりとさせていましたが、今は、「うるさい」と言われ、「赤ちゃんが泣くから外でやって」と言われました。

キリギリスはギターを外へ持っていって、弾きました。

悲しい音色は、やさしい雨のように、

ポロン ポロン

ポロロン ポロロン

と響き渡りました。

夜空には三日月がぽつんと、光っていました。

キリギリスには、そんな澄ました三日月の横顔が、救いのように思えました。

音色を聞きつけた働きアリは、「いい音だね。僕らは大人数で食卓を囲むから、みんなが少しずつがまんすればいいんだ。明日から二人分渡すよ」と言いました。

キリギリスは地べたに頭がつくほど、心を込めて礼を言いました。

 

次の日、二人分の食べ物を、キリギリスは持ち帰りました。

奥さんは考えを改めて、「二人分を三人で平等に分けましょう」と言いました。

でも、キリギリスは受け取りませんでした。

二人分の三分の一どころか、一人分の半分の四分の一もいらない、と言い張りました。

その夜も、キリギリスは空腹の痛みに耐えながら、ギターを弾きました。

ポロン ポロン

ポロロン ポロロン

すると、いつも澄ましている、三日月の横顔が、ギターの音色に少しだけ共鳴して、じーんと響いてくるようでした。

キリギリスは、なんとも言えない幸福を感じました。

それを聞いていた働きアリは、「もっとがまんして、三人分渡そう」と言いました。

キリギリスは、今度は本当に地べたに頭をつけて、礼を言いました。

次の日、キリギリスは三人分持ち帰っても、一口も食べようとはしませんでした。

そうして、またギターを弾きました。

ポロン ポロン

ポロロン ポロロン

 

ある夜、キリギリスはギターを抱えたまま、月を見上げた格好で、死んでいました。

奥さんは、「これからも食べ物を分けてもらえるのかしら。そんなことも考えられないなんて、本当にだめな人ね」と思いました。

働きアリはキリギリスのギターの音色を、覚えている間は奥さんと赤ちゃんに、二人分の食べ物を渡しましたが、やがて、「事情が事情だから、これからも食べ物を届けに来るけど、一人分だけだ。僕らだって生活しているんだからね」と言いました。

奥さんはおろおろして、キリギリスを呪い、ギターを暖炉の火にくべてしまいました。

ギターは、

ポロン ポロン

ポロロン ポロロン

と最後に悲しげな音色を奏でました。

奥さんと赤ちゃんは、長い間ひもじい思いをしなければなりませんでした。

二人の暮らす家の上には、今日も澄ました三日月が浮かんでいました。

コメントを残す